2浴フィルム現像

2浴現像 ~ ディープシャドウを確保しつつハイライトをコントロール
これを読んでいる方は「2浴現像って言葉は聞くけど具体的にどうなの?」と興味を抱いておられる感じという前提でハナシを進めていきます。
実は手探りでいろいろやったり調べたりして、概要を掴んだところで整理してハナシをまとめようと思ったら、こんなの見つけてしまった。 データもきちんとしていてよく書けているアーティクルなので、英文があまり苦にならないようだったらオススメです。
http://www.largeformatphotography.info/twobath/

2浴現像、のひと言で括ってはダメ
2浴現像と一口に言っても、大きくわけると2つあって、一つにはフィルム現像での2浴式。もう一つは印画紙の2浴現像(2浴定着処理ではないよ)。 ここでハナシてるのはフィルムの方です。
誤解されやすい点を最初に書くと、ボクも2浴現像を検討し始めたときには勘違いしていたのだけれど、フィルムの2浴現像にも大きくわけて2つある。
一つは、第1浴(A浴と呼ぶことにする)では現像をほとんど進めず、フィルムに現像液を染み込ませるにとどめ、第2浴(B浴と呼ぶことにする)で染みこんだ現像液を働かせる方法。
もう一つはA浴でも現像を進行させて、B浴では主にシャドウ部分だけを補助的に現像する方法。
当然その中間的な、つまり2つ目のパターンのA浴が弱いヤツというのもバリエーションとしてあるわけですが、最終的な現像結果へのアプローチとしてはこの2パターンにわけて考えて良いと思います。
もっと言えば「水現像」と呼ばれる処理、つまり現像液の排出後に水でタンクを満たし、フィルムの乳剤に残っている現像液をゆっくりと働かせるという方法は、2浴現像のB浴の非常に弱い状態に他なりませんし、これの「水」のかわりに弱いアルカリ液を使う「アルカリ浴」と呼ばれる手法などは2浴現像そのものでしょう。

それはさておき、ボクが当初勘違いしていたというのは、ネットなどで2浴現像について軽く調べた際に一つ目のパターンの意味合いを2浴現像の紹介として多く目にしたからでした。 つまり、「A浴では現像はあまり進まず現像液がフィルムに染みこむだけ」というような表現ですね。
確かに、このパターンこそが「2浴現像」の働きをよく説明しているし、実際にそういう処方も存在するんです。 ところがそうした説明と共に紹介されている処方はほとんど全て、2つ目のパターンとして働くタイプでした。 つまり、ボクが目にした多くの紹介記事や紹介サイトは、明らかに間違った表現をしていたんです。

例えば、一般的によく知られた2浴現像処方にはシュテックラー氏処方、ライツ2浴処方、DD-23などがあると思いますが、これらの処方すべてにおいて、A浴にはアルカリ剤として加えられている薬品は特にありませんが、微粒子効果のために大量に使われている無水亜硫酸ソーダ(例えばA浴1リットル中に75gとか100g)が、現像液として働くに十分なアルカリ性をもたらしているのです。
ボクは2浴現像をあれこれ試そうとしている時に、A浴とB浴のバランスを検討するためにA浴だけを行ってみて気が付いたのですが、その時にそこらで軽く見聞きしたような事を鵜呑みにしてはダメだなぁと思いいったのでした。
日本で2浴現像を書籍などで広く紹介した人物(仮にN川K夫さんとしておきますが・・・って伏せ字にしても意味無いな。中川一夫さんでしたっけか)がそうした記述をしていたのがそのまま広まったのではないかと思えるのだけれど、そうなると生半可な本やなんかも大してアテにならないという事になってしまいますね。
海外で現像処方を多く紹介している本としてもっとも有名な書籍でも同様に書かれていた事があり、おそらくそれをそのまま翻訳したに過ぎなかったのではないかとも推測しているけれど、本を書いた人もそれを丸写して紹介している人も、自分でちょっと確認してみるということをしなかったのだろうかと不思議に思っているところです。

低pH処方と高pH処方
この混同されやすい2パターンの2浴現像の違いは、A浴でのpHで起こります。
現像液について少々囓ると、現像の進行は現像液のpHによって異なってくることが分かると思いますが、要はA浴のpHが現像を進行させるに十分なアルカリ性であるかどうかで話が変わってきます。
A浴のpHが低ければ「A浴では染み込むだけ」となりますし、A浴のpHが十分に高ければ(アルカリ性であれば)A浴中に現像は進行するわけです。
そこで、この2種類の2浴現像は、「低pH処方」と「高pH処方」と区別して呼べば良いのではないかと思います。

例えば、代表的な2浴現像処方として日本でもポピュラーな「シュテックラー氏処方」のA浴は次の通りです。

    メトール(現像主薬)     5g
    無水亜硫酸ナトリウム    100g
    水を加えて       1リットル

次は、1浴で使われる微粒子現像液の代表的な処方です(Kodak D-23)。

    メトール(現像主薬)    7.5g
    無水亜硫酸ナトリウム    100g
    水を加えて       1リットル

両者を見比べて、さて、違っているのはメトールの量だけですね。
コダックD-23はもちろん、普通に1浴で使われる非常にポピュラーな現像液です。 微粒子化効果のために大量に使われている無水亜硫酸ナトリウムが溶液をアルカリ性にしますので、現像主薬であるメトールと無水亜硫酸ナトリウムだけで普通に機能するフィルム現像液が出来てしまいます。
なるほど、現像主薬が少ないので現像力はやや落ちるでしょうが、当然、シュテックラー氏処方のA浴だけでも十分にフィルム現像が可能です。
この時点ですでに、処理温度や処理時間の誤差に寛容であるとか、フィルムの銘柄や感度を問わずにほぼ同じ処理が出来る、という、いわゆる2浴現像の極端な「伝説」はウソ。あるいは、少なくともシュテックラー氏処方には当てはまらない、と言うのがご理解いただけると思います。
要するに、「やや弱い現像+アルカリ浴」というだけの話なのです。 もちろん、そのコンセプトでもそれ相応の効果があるのは間違いありませんが、なんとなく、噂が噂を呼んで魔法の現像方法のように祭り上げられてしまったような感じですかね。
当然、使用液は現像時間を調整せずに繰り返し使える、というのも厳密にはウソ、という事になってしまいます。現像するたびにそれだけ疲弊するわけですし、使うたびに容器から派手に出し入れしますから、どんどん空気で酸化もしていきます。
そういうと、誤差の範囲、だなんて言う向きもあるんですが、どうも、なんでもかんでも誤差の範囲として納得して、その誤差の範囲がずいぶんと大きいのに無視している節がありますね。
ボクが最初にこの記事を書いてからもう何年にもなりますが、残念なことにまだそうした誤った記述をネット上で頻繁に見かけます。
ついでに言えば、シュテックラー氏処方の保存性が特別良いと言うことはあり得ませんし、経済的だという言われ方も時々見かけますが、あれだけのメトールと無水亜硫酸ナトリウムを使って1リットルで処理可能本数が10本というのは、別に多くも何ともないです。逆に、どちらかというと割高な処方でしょう。

それはさておき、一方の、先に述べたような区別での低pH処方というのはあまり一般的ではありません。ボク自身も試しにA浴を中性にして、つまり「A浴では染み込むだけ」にして試してみたのですが、かなり特殊用途の現像液という感じになってしまいました。
もちろんボクが行ったような強引に普通の現像液を中性化した単純な実験ではなく、工夫された処方では十分にあり得る方法であり、効果としては「現像時間、現像温度にバラツキがあってもほぼ同様の結果が得られる」といういわゆる2浴現像のイメージの他に、「一般的な1浴現像よりフィルムの感度を上げられる可能性がある」とメリットも多いです。
デメリットは、現像時間・温度での現像コントロールがしにくい事、フィルムによって(フィルムに染み込ませられる液量によって)効果が大きく異なる点が挙げられるでしょう。
なにしろ、フィルムの現像に使えるのは乳剤に染み込んでB浴に持ち込まれる分だけですから、ある程度現像主薬の能力が高くなくてはなりません。 メトール単用で0.5%、なんていう弱々しいものでは無理がありそうです。
残念ながら日本では販売されていない Diafine という現像液では、コダックTri-XでEI1000がメーカーがアナウンスする標準感度だといいますから、増感現像好きには羨ましいハナシですね。

理屈は簡単で、A浴で現像液をフィルムに染み込ませますが、pHが低いため現像はあまり進行しない。 B浴は現像主薬が無いかわりに強いアルカリ性で、その作用でフィルムに染み込んだ現像主薬が活動を始めますが、ハイライト部分の現像主薬は先に消耗してしまい現像の進行が止まり、シャドウ部分は露光量に応じた濃度となる。
一般的な1浴の現像処方では現像時間を長くすると主に露光量が多いハイライト部分でより濃度が上がる、つまりコントラストが高くなるわけですが、2浴現像ではそれを押さえ込む作用(補完現像効果)が働くわけですね。
現像の進行度合いは、露光量、A浴の現像主薬の濃度、フィルムが吸収する現像液の量によって概ね左右されるため、現像時間・現像温度はあまり重要ではなくなります。 そのため少々ラフな処理をしても安定した結果を得られますが、もちろん常識の範囲でという意味です。
Tri-Xを実効感度を高められるフィルムの例として挙げたのは、乳剤面が厚い古いタイプのフィルムの方がより多くの現像液を含んだ状態でB浴に移行できるからです。当然B浴での現像量は多くなります。

補完現像効果
ボクが勘違いした原因の一つは、シュテックラー氏処方・ライツ2浴処方というのが、ライカの登場で小型カメラが普及し、つまりロールフィルムが一般的になる中で露光量にバラツキがあり、現像のコントロールが少々ラフでも結果が安定するために好まれ広く使われた、という説明を最初に見たからでした(まぁ、戦前のハナシを真に受けたのがそもそもの間違いかも)。これはどうもマユツバだと言うことは既に書きましたが、しかし一方で疑問に思ったのは、シュテックラー氏処方やDD-23といった2浴現像の紹介が、シートフィルム向きとしても多く見かけられた事でもあります。
というのも、仮に2浴現像が緻密な現像処理を要求しない現像方法なのであれば、現像によるコントラストの個別コントロールをそのメリットとするシートフィルムに向いているわけがないですよね。
低pH処方と高pH処方があることに気が付いてからは、その点では納得がいきました。 ほとんどの2浴現像処方が高pH処方なのですから、現像によるコントラストの調整は当然出来ます。
しかし、それだけならごく普通の1浴現像処方で十分なはずです。
高pHの2浴現像がロールフィルム以上にシートフィルム用として、さらにゾーンシステム用としても推奨されるのは、単に2浴現像がシャドウ部のディテールを引き出す事が出来たり、フィルム感度もやや高くできるだけでなく、シャドウ部分の濃度が現像時間を変えても変化しにくいという大きなメリットがあるからなのです。
一般に、コントラストの調整のために現像時間を短くするとシャドウ部分の濃度も下がるため、撮影感度を下げざるを得ないのですが、2浴現像ではB浴部分でハイライトの濃度上昇を少な目に抑えたままシャドウ濃度を上げられるので、±1段分程度のコントラスト調整ではシャドウ部分、つまり実効感度にさしたる影響が出ないのです。
いわば、A浴でハイライトの大部分をつくり、B浴でシャドウを補うわけ。
ボクは厳密にフィルム濃度を計測したわけではありませんが、簡単なテスト撮影・現像をしてみてメリットを実感する事が出来ました。 軟調現像での感度ロスに頭を悩ます向きには実にありがたいことではないでしょうか。
記事の前半部分でかなり否定的なことを書いていますが、それは妄信的なシュテックラー処方崇拝のようなものに警鐘を鳴らすためでありまして、2浴現像、あるいはアルカリ浴と呼ばれるものは、確かに効果があるのです。
冒頭に挙げたリンク先のアーティクルでもその点が述べられており、フィルム濃度計測でのグラフも提示されているので参考にしてください。

まとめ
一般的に2浴現像処方として名を挙げられる「シュテックラー氏処方」「ライツ2浴処方」「DD-23」などの高pH処方をまとめると、2浴現像での各浴の働きは、まず第1浴(A浴)で途中まで現像を進行させ、第2浴(B浴)中ではフィルムに染み込んだ現像液で残りの現像を進める。
濃度の高いハイライト部分では早くに現像液が消耗して現像が進まなくなるが、シャドウ部分では現像液の現像力が保たれるために露光量に応じた濃度を引き出す」というところでしょうか。
ボクはこれらを「シュテックラー系2浴」と十把一絡げに呼んでいるのですが、B浴のpHを高くしたり時間を延長するテストをやってみたところ、実際にはハイライト濃度も上がるのが確かめられるので、一般に推奨される3分~4分のB浴時間ではハイライト部分の現像が完全に止まってしまうわけではありません。
かといってシャドウの濃度がより上がるかというと、残念ながらそうではないので、B浴をむやみに強くしても無駄で意味がないと思います。
繰り返しになりますが、処理時間や温度の誤差に寛容というふれこみは明らかに誤りであり、温度や時間の管理は一般的な1浴現像と同様に行う必要があります。 また、当然の事ながらフィルムによって処理時間は変わって来ます。

処理時間や温度はフィルムによって異なるので各自でテストしていただくとして、シュテックラー氏処方やDD-23では20℃でA浴5~6分、B浴3~4分程度をスターティングポイントにして自分なりのテストをすればいいと思います。
自分なりのテスト方法がある方はそのように、どうやって適正現像を決めればいいのか分からないなぁと言う方はこちらのページを参考にしてみて下さい。
高pH処方での攪拌は、A浴では普通の現像と同じ感覚で行えば良く、B浴は攪拌控えめが望ましいと思うのだけれど、ムラがどうかと言うところ。 ほとんど無攪拌で良いという人もいるし、弱い攪拌が良いという人もいますね。
無攪拌というのはボク個人的には疑問符ですが、少な目の攪拌から始めて、現像ムラが発生していると確認できたら追加するようにすればよいのではないかと思います。 まぁ、B浴でもごく普通に、1分毎に4回の倒立攪拌といった通常の攪拌をするのが無難だと思いますが。

フィルムの乳剤層の厚さによってどれくらいの量のA浴液がB浴に持ち込まれるかが変わってくるわけですが、当然の事ながら厚いフィルムほどB浴での現像が多く進むことになります。 一般的に、現代的なフィルムよりもコダックのトライXのようなトラディショナルタイプの方が乳剤層が厚いですよね。
B浴は3~5分程度で行われることが多いのですが、3分未満は現像ムラの危険が高いので避けるように言われています。
ボクの富士プレストでの経験とテストでは、シュテックラー系の処方でB浴を長引かせる場合、8分くらいまでは着実に現像が進行していくのが分かります。 もちろんハイライトも含めて、です。処理時間に寛容、では全然ありませんね(笑)。
10分、12分となるとほとんど停滞しているようです。

シュテックラー氏処方が発表されたのは大昔ですから、当時の分厚い乳剤層のフィルムと現在のフィルムとではかなり話が違ってくるはずです。
乳剤層の薄い現代的なフィルムですと、B浴に持ち込まれて働く現像液の量は少なくなりますから、A浴での現像量が比較的大きな割合を占めることになります。
こうした2浴現像の意味合いはフィルムの変化に伴って薄れてきたのかも知れませんね。
正直に言えばボク自身は、工程が多くなり面倒な2浴現像よりも、1浴で同様の効果を得られる最少攪拌法や半静止現像、あるいは後半静止現像といった手法の方が、繰り返し精度が高く簡便、バリエーションも豊富に考えられるという点などから、ずっと優れていると考えているのですけれどね。