プレフラッシング

プレフラッシング、またはプレフラッシュと呼ばれるテクニックは、ゾーンシステムにおいてフィルムに対して行うものとして紹介されていて、アンセル・アダムスの「ザ・プリント」やそのコピーみたいな日本国内の出版物にも登場します。日本語では直訳して「前露光」と言いますね。
が、ここで触れるのはフィルムにではなく、印画紙に対して行うプレフラッシュです。
ゾーンシステムにおいては印画紙へのプレフラッシュはあまり重要でないと言うか、ゾーンシステムの発想から言えば邪道な救済処置でもあるわけですが、ボクは印画紙へのプレフラッシュの方がはるかに頻繁に使う機会があって役に立つし、テクニック自体も簡単で特別な道具立ても要らず、広く紹介されるべきだと思ってます。知ってると便利だもんネ。



いったいどんなもの?
プレフラッシングは文字通り、実際の露光の前(プレ)に短時間の無地の露光(フラッシング)を行うテクニックです。 「ザ・ネガティブ」を読んだことがある方はおわかりのように、プレフラッシュ(前露光)は全体としてのコントラストの調整、フィルムに対してはシャドウの描出、印画紙に対してはハイライトの描出に使われます。ここでは印画紙についてのハナシをします。
ネガフィルムには素ヌケに近いシャドウ部分から濃度の高いハイライト部分まで、光の通り抜けやすさに差があります。 例えば、100の強さの光をネガに当てたとして、濃度の低いシャドウ部分では90が通り抜け、ハイライト部分では1しか通り抜けないとします。 それぞれが印画紙に到達する光の量です。
印画紙が受け取る光の量はシャドウ90:ハイライト1、つまり90倍の差があります。 これがコントラストですね。
では100のうち5はプレフラッシュとしてシャドウと同じ濃度の無地のネガを通して印画紙にあて、残りの95を先ほどと同じネガを通過させるとします。
シャドウ部分では100の時に90が通過するわけですから、プレフラッシュで5をあてると4.5が通過します。 残りの95では85.5が通過、合計で90となり、普通の場合と変わりません。
では、ハイライト側ではどうでしょうか。 プレフラッシュでは5のうち4.5が通過し、実際のネガでは95のうち0.95です。 合計は5.45ですよね。
シャドウ:ハイライトの比率で90:5.45、つまり約16.5:1。 先ほどが90倍でしたから、実際のネガより圧倒的に軟調(低コントラスト)のネガを使ったかのような状態です。

ギリギリ現像されない画像
こうしたプレフラッシュのテクニックは全体としてコントラストを下げるわけですが、それであれば印画紙(フィルター)の号数を下げても同じです。 しかし、全体の露光時間のうちプレフラッシュに割り当てる割合を変えることで、シャドウから全般に渡ってコントラストを下げるか、特にハイライトで効果を出すかを調整出来ます。
フィルムもそうですが、印画紙も露光量が極めて少ない場合には現像出来るレベルの潜像核が形成されません。露光はされているのに現像出来ない状態です。 暗室内の光が完全な安全光ではないのに、印画紙の白が案外失われない理由もそこにあります。 あと少しだけ露光すれば画像が出るのに・・・という感じでしょうか。 プレフラッシュを行うことでそうしたギリギリな部分が、言ってみれば活性化されるわけです。
素ヌケのネガを用意してごくごく短い時間だけ印画紙に露光し、それを現像してみます。 うっすらとグレーになったら露光量が多すぎですので、露光時間をさらに短くします。 そうすると、たしかに印画紙に安全ではない光を当てたにもかかわらず、なんら画像が出ない状態を見ることが出来ます。 露光量が少なすぎるのです。
これが、ネガ上にディテールがあるはずなのにプリント出来ず白トビしてしまう状態です。 例えば、このぎりぎりの露光量を5としましょうか。 0~5未満の露光量では画像が出ない。
さきほどの例で、ネガに100の光を当てた時にハイライトで1しか通過しませんでした。 5未満ですから画像は出ずに白トビです。 シャドウ部分では90でしたから、5~90までが画像になるわけです。
ハイエストライトよりややネガ濃度の低いところで2が通過したとしても、それも5未満ですから白トビです。 3が通過したところも白トビ。4でもダメです。
しかし、先ほどのハナシでプレフラッシュを使ったところ、ハイライトで1しかないものを5.45の露光量にすることが出来ました。 ギリギリですがハードルをクリアです。
なにも、1~5だったものを一律で5.45にしたわけではありません。 もともと2だった部分は4.5+1.9=6.4、3だった部分は4.5+2.85=7.35、4だった部分は4.5+3.8=8.3という具合に段階がありますから、それぞれちゃんと階調を持って画像が印画紙上に再現されます。
お気づきのように、プラス4.5のプレフラッシュが与える影響は、ハイエストライトである1付近とシャドウの90付近とでは全く違います。 89だった部分では4.5+84.55=89.05にしかなりませんし、90であるシャドウ部分では、プレフラッシュを行おうが行なわなかろうが同じ90の露光量だったのです。
しかし、ハイエストライト付近では、画像が出るか出ないかという決定的な違いを与えました。
ここであげた例では、印画紙(フィルター)の号数を下げる方法とどうして結果が異なるのかを説明するための詭弁とでも言いましょうか、極端な数字を使ってみましたが、仕組み自体はおわかりいただけたかと思います。
試しに、例えば2号印画紙でストレートプリント出来るネガを3号印画紙+プレフラッシュでプリントしてみると分かるのですが・・・・。

実際の作業
フィルムに対するプレフラッシュでは、被写体の輝度差に応じて計算でプレフラッシュ量を求めるのですが、印画紙ではプリント後に検証してやり直し出来ますから、比較的鷹揚で構わないと思います。
例えばプリント時にテストをして、妥当な印画紙への露光時間が10秒だったとします。 普通は10秒間の露光を印画紙に行いますね。 もちろん、ネガキャリアにはプリントしたいネガが収まっている状態で、です。
プレフラッシュは全体の露光時間に比べて極めて短い時間、たとえば0.2秒など、ネガの画像を通さずに露光し、残りの10秒弱を目的のネガで露光するテクニックです。
素ヌケのネガをセットすると、他でも触れている最短時間最大濃度法に極力則った作業を進められる利点があるのですが、別にそれにこだわらず微調整をしながらテストしても構いません。 どのみち、引き伸ばし電球の残光やタイマーの精度によって、厳密な露光量は0.2+9.8秒=10秒とはならないからです。
また、白からグレーにならない程度のわずかな露光を与えた、要するにプレフラッシュ済みの印画紙をあらかじめ用意し、それを使って露光時間のテストを始めても良いわけです。

超簡単なプレフラッシング法
フラッシングをするには短時間だけ発光できる無地の光源が必要ですが、概ね一様に弱い光を得られればいいので、例えば懐中電灯を天上に向けて発光したり、ごくごく弱いLEDライトで印画紙を照らしてもOKです。
しかし、暗室内にあるものでもっとも使い易いのは、タイマーが接続されている引き伸ばし機そのものでしょう。
これまでの文中ではプリントするネガを外して、と書いていますが、これですと何度もネガキャリアにネガをセットしたり外したりと手間が大変です。そのたびにイーゼルの位置を直したりしなくちゃなりませんからね。
そこで、非常に簡単に無地の光を印画紙に露光出来る方法をご紹介します。 といっても、あまりに簡単なので笑っちゃうほどなのですが。
プリントするネガはネガキャリアにセットしたままでOKです。
普通に投影して、イーゼルの位置合わせなどもします。 たいていの場合は、まずは普通にテストプリントを作成してみるでしょう。 そのテストプリントの結果から、これはフラッシングを加えた方がいいなと思ったら、ネガを外したりはせず、引き伸ばしレンズの下に薄い紙をあてがえば良いのです。
紙はメモ帳とかノートとか、なんでもOKです。 トレーシングペーパーを使うというのを聞きますが、ボクは普通のメモ紙で間に合わせています。
引き伸ばし機のタイプによってはレンズの下にフィルターをセットするようになっていますが、それと同じで、白い普通の紙をフィルター代わりにセットします。
その状態で印画紙に段階露光し、現像。 そのプリントから、白が白じゃなくなる直前の露光時間を見つければいいわけです。 5秒と4秒ではわずかに濃度に違いがあるけれど、4秒も3秒も2秒も同じ白だとしたら、この場合は4秒です。現像した印画紙上に濃度が出ないギリギリ長い時間を求めます。
この時は別にレンズのシャープさやピントなどは関係在りませんので、絞りを絞っても時間が長くかかるだけです。数秒という手頃な時間になるよう、レンズの絞りは開放かその付近にしちゃって構いません。
ネガをセットした状態で露光すると画像が投影されますが、レンズの下にあてた紙に当たった投影光はピントが全然あってない上に物凄く拡散しますので、印画紙に降りそそぐ光はまったくの無地にしかなりません。
だいたい同じような濃度分布のネガでしたらば、別のコマでも同じプレフラッシュ時間が通用しますが、全体としてのネガ濃度によって透過光の強さが変化しますので、内容の異なるコマでしたらば1コマ1コマでプレフラッシュ時間のテストをした方がよいです。 とはいえ、慣れてくると同じようなネガであれば基準になるプレフラッシュ時間が分かってきますので、まずプリントしてみてイメージと違っていたら増減するという作業でも十分良い結果を得られると思います。
ネガもイーゼルも動かさず、普通通りにタイマーで露光時間を設定できるこの方法ですと、非常に手軽にプレフラッシングを取り入れることが出来ます。

どんなときに使うか
ネガのコントラストが単純に高い場合には印画紙の号数(フィルターの号数)を下げてプリントすればいいわけなのですが、部分的に輝度が高くて一部だけ白トビしてしまう場合などに号数を下げてしまうと、一部のために全体のトーンを落としてしまうことになり好ましい結果を得られません。 しかし、ごく短いプレフラッシュで微妙に白トビしてしまう部分が現像されるようにすれば、全体にはあまり影響を与えずに飛んでしまっているハイエストライトからディテールを引き出すことが出来ます。
雲があるのに空も一緒に白くなっている状態、夜景での電灯など、本来はディテールがあるはずなのに引き出せないハイライト部分というのは、普段のプリント作業でも頻繁に出くわします。
ステージ写真などで、光源付近やスポットライトが直撃しているあたりというのも難物。
ライブハウスでジャズプレーヤーの撮影をなさっている Niijima さんの作例がコチラ。
http://www.mniijima.com/diary/d041010b.html
肌や衣装の白トビを無くし、やわらかく自然で落ち着いた雰囲気を出しています。

撮影時のフィルターワークやフィルム現像時の処理内容でカバー出来なかった(あるいはしなかった)部分を、プリント時のプレフラッシュである程度は対応出来るわけです。
これが広い面積や微妙なトーンの部分に隣接していなければ、焼き込みという方法でも対応出来ますが、先ほどの Niijima さんの作品のように、形状が複雑だったり隣接する部分がデリケートな濃度のシャドウだったりすると困難ですよね。
そういうネガに困ったら、プレフラッシュを試してみてもいいかと思います。

NEOPAN 1600 Super PRESTO EI1600 / FUJIDOL E
(各画像下は8×10インチプリントより400dpiスキャン等倍)

オリエンタルVC-RPII 2号フィルターにてストレートプリント
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preflash01b

同じくオリエンタルVC-RPII 2号フィルターにてプレフラッシュ併用
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preflash02b

夜景などは特にフラッシングが有用ですね。
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トーン分布の調整
また、例えば2号印画紙(フィルター)でシャドウからハイライトまでのトーンが揃うネガがあったとします。
そのネガを3号印画紙(フィルター)でシャドウを基準にしてプリントすると、ネガに対して印画紙の方が硬調なのでハイライトがややトビ気味になる理屈ですが、そのハイライト側のトーンをプレフラッシュを用いて出すと、シャドウからミッドトーンにかけてのセパレーションが異なるプリントが出来ます。
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この作例では1号フィルターでフルトーナルレンジとなるややコントラストの高いネガを使ってみました。
面積の広い空の濃度がハイライトとしてはかなり目立つため、トーナルレンジが異なっているようにも見えますが、実際にこの写真の中でのハイエストライトはメッキのサイドミラーです。 空の部分はハイライトの中の階調の一部でしか在りません。
このハイエストライトからディーペストシャドウまで、4枚のプリント共にほぼ同じ範囲に納まっていますが、トーンの分布が移動しているので、見た目の印象が異なっているのが分かると思います。
普通にフルトーナルレンジになる1号では、ディープシャドウからシャドウにかけての要素が多く、重苦しい雰囲気になっています。
2号フィルターに替え、ディープシャドウの濃度を合わせてプリントすると、コントラストが上がった分ハイライト側が当然ながらトビ気味になりますが、プレフラッシュを使ってそれを防いでいます。 3号フィルターでも同様です。ディープシャドウの濃度を合わせて露光時間を決め、コントラストの上昇分をプレラッシュが相殺しています。
しかし、全体として階調幅の帳尻が合っても、プレフラッシュによる「軟調化」はハイライト側に多く作用するため、ディープシャドウからシャドウにかけてのトーンセパレーションは多階調フィルターによるコントラスト調整に応じて変化し、1号、2号、3号では表現が異なります。 4号ではさらに顕著ですね。
写真に含まれる階調のうち、ハイライト側に多くの要素があり、その部分のトーンセパレーションが重要な場合には、こうした手法は必要ないばかりか、あまり向きません。 シャドウ側のトーンセパレーションは向上しますが、逆にハイライト側のトーンは寝てしまうからです。
この写真では日陰にある濃色の乗用車の描かれ方がハイライトよりはるかに重要な要素と思えますので、高い号数のフィルターを使ってシャドウ部分のトーンセパレーションを上げ、ハイライト部分をプレフラッシュで押さえ込む表現が役立っていると思います。
1号でフルトーナルレンジになるネガを、4号フィルターでプリントしてもどこも白トビしないというだけで、プレフラッシュの効果というのがおわかりいただけるかも知れませんね。この作例の写真では3号が適正で、4号が実験的にギリギリ可能な範囲だったかな、とは思いますけれど。
作例では多階調印画紙を使い、フィルターを切り替えてプリントしましたが、もちろん号数紙でも同じ事が出来ます。
※ この作例ではイルフォードの多階調RC紙に富士のフィルターセットを組み合わせています。

是非お試しを。