よりよく理解するためのゾーンシステム

ゾーンシステム ~ そりゃいったいなんぞや?
その昔、アメリカにアンセル・アダムスという写真家がおりまして、数々の「印象的な」風景写真で名をはせました。 彼は写真技術を後進に伝えようと、講師としても活躍して尊敬を集めたんですねぇ。
アダムスの業績で特筆すべきなのは彼の作品は勿論のこと、美しく印象的な写真を創造するための思考と技法を結びつけ、被写体の明暗を印画紙上の濃淡に導いていくゾーンシステムを同僚らと共同で提唱し、その仕組みをわかりやすく書籍にあらわした事にあると言っていいと思います。
「ゾーンシステム」、そう聞くと「上級者向けのもの」「大判でしか出来ない」「やたら複雑そう」というイメージがありますが、ナルホド確かに初心者がホイホイと実行できるモノではありません。 またあるいは「ゾーンシステムはすでに過去のモノ」と言う風に思ってしまうこともあるかも知れません。
しかし、アダムスが著書、いや著書と言うよりは良く書かれたハウツー本なのですが、その中で示したことは、なにも上級者だけが立ち入れる秘法でもなければテクノロジーの進歩で意味を失ってしまうような一過性のテクニックでもありません。
そこで語られているのは、写真を撮り、フィルムを現像し、印画紙に焼き付けるという当たり前の作業を理路整然とした流れの中に統合する方法、そしてそれらの技術はあくまでも写真を撮る、写真作品を創造する作家の意図を具現化するためのものであるという不変の哲学なのです。
その意味合い、重要さは、黒白フィルムの技術革新があり、多階調印画紙が一般的になり、あるいはデジタル撮影やデジタル出力すら身近になった今日でも、本質的にはなんら変わることがありません。

しかし、さすがに写真を始めたばっかりで「ゾーンシステム」に向かい合うとまごついてしまうもの。そこで、できるだけ分かりやすく解説してみようというのがこのコーナーの主旨です。

ゾーンシステム、その前に
実は、このサイト(tokyo-photo.net)の中では、初心者向けのコーナーをも含め、大部分の記事においてゾーンシステムの骨格を使っています。
ですので、ここで同じ事を繰り返すことは致しません。 少なくとも、以下のページは既にお読み頂いて、ご理解頂いている、あるいはテスト現像などは実行しているという前提で進めさせて頂きます。

最短時間最大濃度法
標準現像を決めよう
モノクロ写真での測光を考える

ゾーンシステム解説というと、センシトメトリーが切り離せないため、必ずと言って良いほどフィルム濃度計フィルム濃度といったものが登場します。 しかし、一般のアマチュアでフィルム濃度計を使える環境は非常に得にくいと考えて、「最短時間最大濃度法」では濃度計を使わず、より実践的に印画紙を用いて、フィルム感度や現像時間を求める手段を提案しており、「標準現像を決めよう」では、そのテスト方法をご案内しています。
また、「モノクロ写真での測光を考える」では、ネガフィルムを使った撮影がどのようなコンセプトに基づくべきかを書いているつもりですが、その中で、ゾーンシステムの運用には必須となるスポットメーターの利用と、ゾーンプレイスメントについても触れています。

検索エンジンやディープリンク等を経由して、まずこのページに辿り着かれた方もいらっしゃるとは思いますが、まずは先にあげた記事に目を通してくださいますよう、お願いいたします。
それから先に進むことにしましょう。

ゾーンスケール
ゾーン 0 測光値-5EV 印画紙では完全な黒。
ゾーン 1 測光値-4EV 真っ黒よりちょっとだけ明るい黒。質感は見られない。
ゾーン 2 測光値-3EV 質感はあるけれど、暗くて詳細な事は読みとりにくい。
ゾーン 3 測光値-2EV 暗い部分だけれどちゃんと詳細が見て取れる。
ゾーン 4 測光値-1EV 風景や人物写真での標準的な影の部分。
ゾーン 5 測光値 ±0EV 中間グレー。いわゆる平均反射率18%の部分 。
ゾーン 6 測光値 +1EV 肌に優しく日が当たっている感じ。日の当たる雪景のシャドウ部。
ゾーン 7 測光値 +2EV 一般的景色で詳細を識別できるハイライト部分。
ゾーン 8 測光値 +3EV わずかに質感を保つハイライト部分。
ゾーン 9 測光値 +4EV 輝く白の表面。質感を伴わないハイライト。
ゾーン 10 測光値 +5EV 光源。印画紙での完全白。

すでにご覧頂いているはずの「ゾーンスケール」です。
真っ暗・真っ黒であるゾーン0からはじまって、印画紙上では真っ白に相当するゾーン10までの11段階に被写体の明るさを分類してあります。
また、同時に、ゾーンスケールは印画紙上のグレーの濃さを表しているものでもあります。
つまり、ゾーン5は被写体の明るさで言うと中間グレー、グレーカードの濃さのグレーですが、印画紙上でも中間のグレーです。
ゾーン4は印画紙上で、中間グレーよりやや暗く、被写体の標準的な影をプリントした際に適切な濃さのグレーであり、被写体の標準的な影の部分は中間グレーの部分より1EV暗い、という事を意味しています。
被写体上で、中間グレーよりも2EV分暗い部分、つまりゾーン3は、標準的な影よりも暗く、印画紙上でも標準的な影よりも濃いグレーですが、しかし詳細なディテールは見て取れる程度の暗さ・濃さです。

これらはあくまでも、11段階のゾーンスケールとして、被写体の明るさが印画紙上に置き換えられる様子を標準化したものに過ぎません。
実際に景色や被写体を測光したら、必ずこのゾーンスケールにぴったりはまるというわけではありませんよね。
ただ少なくとも、こうした標準モデルを立てておくことで、プロセスをコントロールする土台が出来ると言う事は、ご理解いただけるはずです。

とっても単純です
ボクが初めてゾーンシステムというものに触れたとき、正直に言えば、なんて単純な仕組みなんだろうと思いました。
どうも先入観で、ゾーンシステムはヤヤコシイ、ムズカシイと考えがちなだけではないかと想像しています。
たぶんそれは、ボクが以前(今もですが)、手探りの独学で写真撮影を勉強していたとき、スポット測光とシャドウ基準での露出決定という組み合わせに既に辿り着いていたからかも知れません。
その頃使っていたカメラは35ミリの一眼レフだったのですが、当時としては珍しくスポット測光を内蔵していました。 最初は使い方が分かりませんでしたから、中間グレーの部分を被写体上で探して測光し、撮影、というパターンでしたが、そのうちシャドウ部分を測光してマイナス補正するとか、ハイライト部分を測光してプラス補正すればいい、という事に気が付きました。
「なんだ、そういう事か」と、それまで難しいと感じていた露出決定が、突然簡単な事に思えたものです。

被写体のコントラストが、ネガフィルムのコントラストになり、それが印画紙のコントラストになるという流れは、当たり前のこととしてご理解いただけると思います。 そこに、スポット測光して露出補正するという手順を結びつけるだけで、ゾーンシステムは出来上がっているのですから、なんら難しく考える必要はありません。
被写体のコントラストがネガフィルムのコントラストになり、それが印画紙のコントラストになるという部分は、「標準現像を決めよう」のページでご紹介しています。
そこでは、11段階のゾーンスケールにある、9EVのダイナミックレンジ、7EVの有効被写体輝度域が、標準現像によってネガフィルム上のコントラストに移し替えられ、そこから標準印画紙に再現されるという段取りをつけましたね。
中間グレーより5EV暗い部分はネガフィルム上では素ヌケに等しくなり、4EV暗い部分は素ヌケではなく、印画紙上でも真っ黒ではないことが認識できるようになる。 中間グレーより5EV明るい部分は印画紙上では真っ白になり、4EV明るい部分は真っ白にはならず、わずかに濃度のある明るいグレーになる。
理想を言えば、ハイライトは有効被写体輝度域に含まれるゾーン8で決めたいところなのですが、ゾーン8の濃度を的確に掴むのがちょっと難しいので、より分かりやすいゾーン9のダイナミックレンジを基準にしましょう。
そしてまずは、こうしたフィルムの標準現像と標準印画紙とで何が出来るかを考えてみます。
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決して厳密なものでもなんでもありませんが、ゾーン1からゾーン9まで、つまり9EVのダイナミックレンジを、ゾーン5である測光値そのままからのプラスマイナス、そして標準現像とプリントによる印画紙上でのグレーの濃さを模してみた物です。
キャリブレーションが行われていれば、この図のようになるという概念ですね。

0199s左の写真で、赤い丸印の部分がボクが「ゾーン2」として考えた部分で、山肌のかなり濃い部分です。 周囲には更に濃い部分がありますが、それらは成り行きでゾーン1となるでしょうから気にしません。
青い丸印のところは「ゾーン3」で、この部分は詳細なディテールが欲しいところ。 さきの赤い丸のあたりはなんとなく質感が出ていれば十分という感じですね。
画面上でもっとも明るいのは画面中央下の雪の所なのですが、ほとんど印画紙の白、つまり「ゾーン10」に近くても構わないので、ここは成り行きとしました。
空に浮かぶ雲は「ゾーン9」前後。雲の中でも濃いところは「ゾーン8」に近く、明るいところで「ゾーン10」に近くなりますが、別に質感もなにも要りませんので成り行きとし、プリント時に対応しています。
明るいところで重要なのは、緑の丸印の「ゾーン7」に相当する部分で、ここは詳細なディテールが求められます。

ここで念のため申し上げておきますが、赤い丸印の部分をボクが「ゾーン2」にしたのは、なにも被写体の明るさがそうだったから、だけではありません。 あくまでも、赤い丸印の部分をボクが「ゾーン2にしよう」と考えて決めた事です。
実際、赤い丸の部分は、撮影時に見た感じではもっと明るいグレーでした。 しかしこの写真の中で、コントロールする必要がある中ではもっとも濃い部分にしたかったのが、このポイントだったわけです。 丸印を付けた、他のゾーンについても同様です。
被写体を観察して、プリント上の姿を想像し、赤い丸印のところがこれくらいの濃さ、緑の丸印のところがこれくらいの明るさ、という風に考え、決めるのです。
それがビジュアライゼーションという過程で、それを実現するために、ここで解説しているゾーンシステムが存在します。

さて、仮に、「ゾーン2」である赤い丸印のところをスポット測光して、EV11が得られたとします。
次に、「ゾーン7」である緑の丸印の部分をスポット測光し、こちらがEV16であったなら、両者の関係は上の表のゾーンの関係に一致していますから、被写体のコントラストは標準であることがわかりますね。

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実際には「ゾーン2」と「ゾーン7」しか測光していないわけですが、両者の間のコントラストが分かれば、その間のゾーンや先のゾーンは自然とあるべき所に収まっています。

こうした標準コントラストの被写体の場合、特に難しいことは考えずに測光・撮影しても大丈夫です。
とはいえ、遠景で被写体である山肌には雲によって影が落ちたり陽が射したりしていますから、違う影が落ちている自分が立っている場所で、入射光式露出計で露出を測っても正確ではありません。しかも、中間調である「ゾーン5」はこの段階ではまだどこであるかは決めていませんので、どこかを測光して測光値通り、という事も出来ません。
しかし、スポットーメーターで青い丸印の部分を測り、測光値に-2EVの補正をすればそれで十分です。 青い丸印の部分は「ゾーン3」なのですから、中間グレーより2EVだけ暗いのです。
逆に、緑の丸印の部分をスポットメーターで測り、測光値に+2EVの補正をして撮影しても同じです。 そこは「ゾーン7」ですから、中間グレーより2EVだけ明るいわけです。
赤い丸印の「ゾーン2」を測って-3EVしても同じですが、要はゾーンが分かりやすく、測りやすいところを、どこか1カ所測れば良いだけのことなのです。
ただ、可能ならシャドウ側を測った方が無難ではあります。 理由は言わなくても分かるかと思いますが、ネガフィルムだから、ですね。

この様に、どこかのゾーンを測光して、それを収まるべき所に収める過程を、「ゾーンプレイスメント(ゾーン配置)」と言います。

さて、先ほどは、実際に被写体を測光してみたところ、標準現像で前提にしている9EVのダイナミックレンジにちょうど収まった場合のケースでした。
0199sもし、測光した「ゾーン2」と「ゾーン7」の関係、つまり被写体のコントラストが標準とは異なっていたらどうでしょうか。
先ほどと同じ写真ですが、例えば、赤い丸印の「ゾーン2」の測光値が11EVで、「ゾーン7」としたい緑の丸の部分がEV16.5とかEV17だった場合などです。
「ゾーン2」と「ゾーン7」の関係は、標準でしたらば
「 7 – 2 = 5 」
でなくてはなりませんから、
「 17 – 11 = 6EV 」
の差は標準よりもコントラストが高いのです。
逆に、コントラストが標準より低い場合を考えてみると、例えば赤い丸印の部分の測光値がEV11で、緑の丸印の部分の測光値がEV15.5とか、EV15というようなケースになりますね。

こうした場合、考えれられる方法は2通りあります。

ハイライトを成り行きに任せる
あくまでも、標準現像は標準の印画紙のコントラストを前提にしてテスト・設定されているのでした。
そこで、例えば、標準印画紙(フィルター)が2号なのであれば、左記の例で被写体のコントラストが高かった場合、コントラストの低い号数を使えばプリントできる、という事になります。
逆に、被写体のコントラストが低かったのであれば、プリント時には高い号数を使えば帳尻が合います。
この場合、成り行きに任せて良いのはハイライトで、シャドウはそうはいきません。
コントラストの高い被写体の場合、「ゾーン8」をスポット測光して+3EVの補正で撮影すると、「ゾーン2」は露光不足で「ゾーン1」に向かって下がってしまうからです。

「標準コントラスト」
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ゾーン8を測光し、+3EVして撮影するというのは、「○印」の部分を中間グレー(18%グレー)と見なしているという意味ですが、標準コントラストの被写体においては、どこを測光しても適切な露出補正量を与えれば、残りはあるべきところに収まります。
ゾーン2を測光するなら、測光値に-3EVすれば良いわけです。

「高コントラストの被写体をハイライトで測光」
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コントラストの高い被写体において、同じようにゾーン8を測光し、+3EVして撮影すると、「○印」の中間グレー(18%グレー)から見て、ゾーン2は測光値-4EVとして露光されてしまいます。
そのためネガ上ではゾーン1相当の濃度にしかなりませんし、被写体上のゾーン1は測光値-5EVのゾーン0、すなわちネガ上で素ヌケになってしまいます。
つまり、ゾーン1を基点として定めたフィルムの感度に対して、1EV露光不足になってしまうわけですね。

「高コントラストの被写体をシャドウで測光」
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同じくコントラストの高い被写体において、ゾーン2を測光し、-3EVして撮影すると、「○印」の中間グレー(18%グレー)から見て、ゾーン2はもちろん測光値-3EVとして露光されますし、ゾーン1は測光値-4EV、つまり撮影感度を求めた時の前提通りに収まりますから、露光不足で素ヌケになってしまうことはありません。
逆にハイライト側は、ゾーン8でも測光値+4EV相当の露光量になりますので、ネガ上で濃度が高くなり、標準の印画紙では質感を得られません。
このケースでは、ゾーン1を基点にしたフィルム感度に対しては適正露出で、ただしコントラストに関しては、標準現像では現像オーバーである、という事です。
しかし、印画紙の号数を下げれば、ある程度はリカバーすることが出来るでしょう。

これらは、シャドウ部分の露光不足はプリント時にリカバーできないという、反転画像であるネガフィルムの特性ですから、ネガフィルムでの撮影では常にシャドウを意識して露出決定する「シャドウ基準測光」という鉄則の通りです。

逆に被写体のコントラストが低かった場合、ハイライトを測光してもシャドウを測光しても同じように思えますが、これもやはりシャドウを基準にして測光するのが鉄則です。
露出決定というのは露光量を決めることであり、露光量というのはフィルムの感度に対して決められるべき物です。 したがって露出決定は、フィルム感度を特定した際に基準としたシャドウで決め、現像によって大きく左右されるハイライト側を成り行きに任せるようにします。
常に、「シャドウのために露光する」のです。

ゾーンシステム不要論
フィルム現像のコントロールを個別に行わないのであれば、ここまでがゾーンシステムで出来る範囲、という風にも言う事が出来ます。
というよりも、ここまでの事ならば、ゾーンシステムもなにも関係なく、写真撮影、特にモノクロネガでの撮影では当たり前の事です。
最初のページで、ボクがゾーンシステムの存在を知る以前から、というよりモノクロ写真を始める前から、スポット測光での露出決定をしていたというのは、だいたいここまでは含んでいました。
「ゾーン」や「ビジュアライゼーション」という言葉は知りませんでしたが、フィルムには再現できるダイナミックレンジがあり、スポット測光で被写体のとある部分を測光して露出補正をかければ、どこがどうなるという予測が正しく行えることは分かっていたわけです(なんだか自慢みたいでゴメンナサイ)。

それはさておき、フィルム現像を個別に調整しない、1本のロールフィルムの中に異なるコントラストの被写体を撮影する場合などは、やはりここまでというのが普通でしょう。
それではゾーンシステムの意味がありませんが、別の見方をすれば、ハイライト側を成り行きに任せて、プリント時に調整するという方法で、目的とするクオリティが十分に得られるのであれば、なにもこれ以上踏み込む必要はありません。
ゾーンシステムが考え出された当時には一般的ではなかった、多階調紙がスタンダードになったり、あるいはフィルムの性能が上がっているなど、感剤の進歩によって今やゾーンシステムは必要ない、という言い方を時々耳にします。
ボクは、この段階まではゾーンシステムではなくそれ以前だと思っていますので、ハイライトを成り行きに任せてプリント時に調整という方法が、その目的にとって十分なクオリティを与えてくれるのであれば、ゾーンシステムは不要なんだと思います。
標準現像をやや軟調に設定しておけば、つまり標準のダイナミックレンジを広めに想定しておけば、かなりの範囲で現像調整は不要ですし露出のバラツキも吸収できます。 実際、ボクもスナップ撮影ではそうしていますし、バラツキのあるネガをプリントでカバーするテクニックというのも、ゾーンシステムに負けず劣らず高い技術であると信じていますから、これを書いているボク自身はそれほど熱心なゾーンシステム信者ではないんですね。
しかし、これだけは明言できるのは、ゾーンシステムを学び、ある程度実行してみることは、銀塩モノクロ写真技術を良く理解するためのベストな方法である、という事です。
また、ハイライトを成り行きに任せて十分なクオリティのプリントが出来るのであれば、ゾーンシステムによってはさらに、クオリティの高いプリントが出来て然るべきです。
そしてなにより、フィルム現像を自分でコントロール出来る、あるいはしなくてはならないモノクロ写真ですから、ここで留まっていては面白くないわけです。

N現像、N-現像、N+現像
ここからがゾーンシステムの面白いところです。
これまでに何度も出てきた、11段階のゾーンスケール、9EVの被写体ダイナミックレンジ、7EVの有効被写体輝度域は、次のような物で、これに対応した標準現像を「ノーマル現像」、または「N現像」と呼びます。

N現像
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しかし、被写体のコントラストが標準よりも高く、有効被写体輝度域が8EV、ダイナミックレンジが10EVあった場合には、1EVのコントラストを減らす為に、フィルム現像の時間を短くし、次のように修整する必要があります。
1EVのコントラストを軽減する現像を、「N-1」現像と言います。

N-1現像
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「N-1現像」の現像時間を求める方法は簡単で、標準現像のテストを行ったときと同様の手順により、ダイナミックレンジが10EVになる現像時間を求める事で概ね得られますが、運用上の使い勝手は、質感を得られる明るいハイライトであるゾーン8を基準にした方が良いです。
無地の被写体により、測光値-4EVでゾーン1濃度を印画紙上で得られる撮影感度、測光値+4EVでゾーン8濃度を得られる現像時間です。
当然、標準現像よりは現像時間が短くなりますので、場合によってはゾーン1濃度を得るために撮影感度を若干下げる必要があるかも知れません。 その場合、N-1現像においては、実際の撮影時にも撮影感度が標準現像とは異なることになります。

「N-1」だけではなく、逆の「N+1」はもちろん、あるいは「N+2」といった、調整幅の大きな現像パターンが必要になるかも知れません。

N+1現像
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N+2現像
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被写体のダイナミックレンジが標準モデル通りであれそれ以外であれ、基準としているゾーン2にしてもゾーン8にしても、それぞれ1EVという広さを持っていますので、ある程度の誤差は必ず発生しますし、標準から外れるほどに誤差は大きくなるでしょう。
これは当然の事なので、こうした誤差はプリント段階で吸収する必要が出て来ます。 しかし、ハイライトを完全に成り行きに任せてしまい、プリント時に全てを調整するよりも、フィルム現像時に大部分を調整してしまった方が負担が少なく、画質的には遙かに有利です。
N+2現像が求められるときに、仮にN+1現像しかしなかったとしても、N現像そのままよりはずっとプリント時での負荷が少ないのです。

しかし、ネガフィルムの特性上、ハイライト側に比べると、シャドウ側はそれほど大きく現像によって変化するわけではありません。 ゾーン4ではいくらかズレも目立ちますが、ゾーン2からゾーン3にかけては、測光値-3EVから-2EVのあたりとある程度しっかりリンクしています。
ここでも、シャドウ基準で露出を決める必然性が示されているわけですが、これはフィルム感度をディープシャドウを基点にして決めているので当然です。
中間調を基準にしてフィルム感度を求めているならば、被写体のダイナミックレンジが変化しても中間調は中間調です。 しかしそれでは、コントラストの高い被写体に対してはディープシャドウが露光不足になりますから、ネガフィルムでは好ましい方法では無いのです。

Subject Brightness Range
今回このコーナーでは、フィルム濃度計などを使わずに確実なテストを行えるよう、印画紙上ではっきりと識別しやすいゾーン1とゾーン9を使って、ダイナミックレンジ基準でコントラストを決めましたが、実際に写真表現上で重要なのはゾーン2からゾーン8に至る有効被写体輝度域です。
ぎりぎり質感のわかるディープシャドウであるゾーン2から始まって、3、4、5、6、7、ぎりぎり質感のわかるハイライトであるゾーン8まで、計7ゾーンを意味します。
これまでの話において、標準現像(N現像)では印画紙上で、これら7ゾーンが7ゾーンになるように調整されています。これを「SBR7」と称します。 「N現像」が「SBR7」なわけですね。
晴天屋外の風景写真ではSBR7が標準として適切だとしても、もしかすると自分の撮影領域ではSBR6というのが平均的な被写体、ということがあるかもしれません。 その場合はSBR6を「N」現像としてシステムを構築してもいいでしょう。
とりあえず、ここではSBR7を「N」として話を進めます。
さて、仮に、被写体上でゾーン2とゾーン8に相当する部分を測光して、その差が(それぞれを含んで)7EVであれば、SBRは7ですから、標準現像で処理すれば印画紙にストレートに再現できます。
しかし、2カ所の測光の結果SBRが6しか無かったら、「N+1現像」によってネガ上のコントラストを上げ、逆にSBRが8あったら、「N-1現像」によってネガ上のコントラストを下げます。
SBR7に対応した標準現像である「N現像」でゾーン1基準の感度が200だったとしても、「N-1現像」では160に下がるかもしれません。
そこで、「N-1現像」でのテストで感度が200ではなく160となっていたのなら、まず被写体のSBRが8である事を確認した後、露出計の設定感度を160に下げ、測光・撮影する事になります。
逆に「N+1現像」では240の感度が得られるのなら、SBR6の被写体であれば、露出計の設定をEI240として測光・撮影し、「N+1現像」を行うことになります。
当然、被写体の輝度幅(SBR)が異なるカットは、別々に処理しなくてはなりません。
大判のシートフィルムであれば、撮影時にメモをつけ、現像時にはSBRごとにシートをより分けて現像します。
中判の場合、フィルムバック交換式のカメラ(ハッセルブラッドやブロニカなどの一眼レフに多い)であれば、「N現像」用のフィルムバック、「N-1用」のフィルムバックなど、撮影途中で交換して運用することも可能です。
35ミリのユーザーの中には、同じカメラを複数使い、被写体の輝度幅に応じて使い分ける、という事を実行している方もおられるそうです。
それができなくても、晴れの日と曇りの日では平均的なSBRは明らかに異なりますから、ロールフィルム1本まるまるをSBRいくつに対して処理するか、という考え方は無意味ではありませんよね。

測光・撮影
繰り返しになりますが、スポット測光が基準となります。
まず、撮影に使うべきフィルム感度が現像調整によって変化する以上、まずは被写体の輝度幅(SBR)を把握して、現像を「N」で行うのか「N+1」や「N-1」なのかを決めなくてはなりません。
質感を伴うが詳細はわからないディープシャドウであるゾーン2と、質感を保つぎりぎりの明るいハイライトであるゾーン8をそれぞれスポット測光し、その差がそれぞれを含んで7EVであったら標準現像、6EVだったら「N+1現像」、8EVだったら「N-1現像」、というのは説明しました。
測るべきゾーン2が見あたらなかったら、ゾーン3とゾーン8の差を調べて6EVなら標準、という様にずらして考えても大丈夫です。

この時、被写体の輝度幅というのを絶対の物と考えていては、まだまだゾーンシステムの肝を掴んでいるとはいえません。 印画紙上で、自分がゾーン2にしたい部分をゾーン2として測光、印画紙上で自分がゾーン8にしたい部分をゾーン8として測光するのです。
それがビジュアライゼーションというもので、それを具現化するための仕組みとしてゾーンシステムがある、というのを思い出してください。

さて、被写体の輝度幅から現像量が決まれば、正しい撮影感度も決まります。 露出計の設定値をそれにあわせて、今度は露出のための測光を行います。
この時点では、すでに被写体のゾーンが印画紙上でそれに対応した濃度になるよう調整された組み合わせに設定されています。
従って、例えば被写体上のゾーン3をスポット測光して、測光値に対して-2EVの補正をかけて撮影すれば、そこは印画紙上で容易にゾーン3相当の濃度にできます。 そして被写体のゾーン2は印画紙上でもゾーン2、被写体のゾーン5は印画紙上でもゾーン5です。
測光ポイントから離れた部分、例えばゾーン1やゾーン9と言ったあたりは、ある程度成り行きに成りがちですが、だいたいにおいて予想の範囲内に入るはずです。
ある程度の成り行きを許容するのであれば、シャドウ基準にこだわらず、もっとも自分が重要視する被写体上のゾーンをスポット測光し、露出計が指し示すゾーン5基準の測光値に対して必要分の補正をかけて撮影するのも良いです。
ゾーン8を最重要視するのなら、ゾーン8を測光して+3EVの補正、ゾーン4を最重要視するのなら、ゾーン4をスポット測光して-1EV補正して撮影。
どうですか、非常に単純ではありませんか?
あとは予定通り、「N」なり「N+」や「N-」といった、SBRに対応したフィルム現像をすれば、プリントしやすいネガを得られる、というわけです。

面倒だけれど単純。それがゾーンシステムというようにボクは思っています。
もちろん、これですべてが解決するわけではありませんが、被写体、ネガフィルム、印画紙をつなぐラインというのは、こうやってコントロールされる、というわけなのです。
モノクロ写真の仕組みを理解するためにも、一応知っておいて損はないと思いますが、いかがでしたか。