最短時間最大濃度法

tokyo-photo.netにボクが書いてきたモノクロ写真技術の様々な断片のなかでも、この「最短時間最大濃度法」はひとつの根幹をなすものです。
この何年かで銀塩モノクロ感剤をとりまく環境には大きな変化がありましたが、「最短時間最大濃度法」のような原理原則的な思考方法にはなんら違いが生まれません。
しかし、最初にこの項を書いてからも数年経ち、その間に頂いた反響なども含め、若干の修正・加筆をしました。
2010.1 苅尾邦彦

最短時間最大濃度法
「最短時間最大濃度法」という日本語はどうやらボクの造語ですが、考え方や仕組み自体はなにも目新しいものではなく、多くの人が実践し、さまざまな表現で解説してきていると思います。
最短時間最大濃度、または最小時間最大濃度というのは、モノクロ写真のプリントをするのに是非、覚えておきたい必須科目です。
英語では “Minimum Time Maximum Black” と言い、「最短時間最大濃度」はそのまま直訳です。 要するに、

「印画紙上で、最大の濃度を得られる、最短の露光時間」

の事で、その露光時間を用いてさまざまな検証を行う方法も含めて意味します。

この方法は、フィルム濃度計を使わずにゾーンシステム的なフィルム感度の特定などのテストに使われるのですが、ゾーンシステムよりもさらに実践的な手法や、あるいは一般的なゾーンシステムが通用しない増感現像でのフィルム現像の妥当性などを検証するのに非常に有効です。

現像済みのネガフィルムには、薄いところから濃いところまで、つまりシャドウからハイライトまでの濃度差がありますよね。
その中で一番薄いところ、あるいは「もっとも薄くあるべきところ」を、印画紙上で得られる「もっとも濃い黒」にし、ネガ上の「もっとも濃いところ」を、印画紙のまっさらな白よりわずかに濃度のあるグレーにすれば、ネガ上の階調を印画紙上に最大限引き出していることになります。
もちろん、そうではないプリントも表現としてありますから、これは絶対の物ではありませんが、露光の妥当性、ネガ濃度の妥当性、コントラストの妥当性をはかる場合、もっとも濃い黒からぎりぎり白ではないグレーまでと言う印画紙上の最大階調を意識することは大切です。

特に、「最大黒」というのは「ぎりぎり白」より識別しにくいので、使っている印画紙と現像液の組み合わせで出し得る、最大限の「黒」というのを確認しておくことにも意味があります。
ボクがこれまでモノクロのフィルム現像やプリントをあれこれやったり考えたりしてきたなかで、あまり詳しくは紹介されていないけれど、もっとも単純でもっとも役に立つと思っているもの、それが「最短時間最大濃度法」です。
それは、人間の目がいかに黒の見極めに対してルーズか、という事を思い知らせてくれたものでもありました。

印画紙の黒を最大限に引き出す、という気合いの入った姿勢だけでなく、とかく初心者にありがちな「標準的なネガの濃さってどの程度なんだろう?」「自分のネガは適正なネガなんだろうか」という素朴な疑問にもあっさりと回答を与えてくれます。
この、「標準的なネガって?」という疑問は、だれでも心当たりがあるのではないでしょうか。ハイライト部分で新聞の文字が透けて見えるとか、そんな曖昧な表現でしか解説されないこの大切にして深刻な疑問への答えが、最短時間最大濃度法にはあります。

まずは自分の感覚を検証してみる
このテストをやると、案外多くの人が「あれれ」っと思うかも知れません。「最短時間最大濃度法」は自分には合わないという意見の中には、おそらくこのテストで打ちのめされた方が多いのではないかと推測しています。
どんなテストかというと、自分の階調幅目一杯の「感覚」がどの程度ホントか、を試すテストです。
まず、普通に黒から白までを使う自分にとっての標準的なネガを用意します。 今までにプリントしたことがあるものでも、最近撮影した初めてのネガでも構いません。
引伸機にネガをセットして、普段通りにプリントを作成します。焼き込みや覆い焼きは無しの、ストレートプリントでね。
いつもと同じ感覚で、十分に締まった黒、妥当な中間調、綺麗に描かれているハイライトと、自分なりの「イイ感じ」のプリントを作ってみましょう。
多階調印画紙でも号数印画紙でも構いません。 普段からよく使う、自分の標準印画紙と標準現像液で、標準プリントを作るわけです。

次に、同じ印画紙をとりだして室内の灯りを点け、数秒してから消します。 その印画紙を現像すると真っ黒なプリントになりますよね。
真っ黒プリントと先ほど作ったプリントをいつも通りに水洗・乾燥して、明るいところで並べて良く見比べてみます。
普通のプリントのいちばん黒いところに真っ黒プリント並べて、どちらも同じように黒かったら、あなたは普段から印画紙の描写力を活かしたプリントを作っている事になりますから、その点では自信を持ちましょう。
でも、なかなかそうはならないと思います。 あんまりにも差があったら、ちょっと考え物ですね。

もうひとつ、こういうのもやってみてください。
先ほどプリントしたネガと同じフィルムを、同じ条件で現像した、素ヌケのネガを用意します。
ここで言う素ヌケのネガというのは、未露光で現像だけしたものです。 ロールフィルムの端の方に残っているはずです。
この素ヌケのネガを引き伸ばし機にセットして、先ほどのプリントと同じ絞りと露光時間で印画紙に露光します。 次に遮光性のある板などで印画紙の半分を覆い、室内の灯りに数秒間曝します。 それを現像すると、ほとんど真っ黒な無地のプリントが出来るはずです。
さて、素ヌケのネガを通してだけ露光した部分と、室内の灯りで大量に露光した部分との黒の濃さはどう違いますでしょうか。
この真っ黒プリントが無地とは程遠く、境目がハッキリ分かるようだったら、う~ん、かなり考え物ですね。
逆に完全真っ黒だったら、これもちょっと微妙なんです。 撮影時の露光量が無駄に多いのかも知れません。

最大濃度になる最短時間を求める
さて、前置きはこれくらいにして、ここからが本題の「最短時間最大濃度法」のテスト方法です。
必要なのは、プリントする写真のネガの他に、先ほども使った素ヌケのコマ。
印画紙と現像液は、普段よく使う物、というよりも、テストしたい組み合わせというのが本来は妥当ですが、まずは自分の標準的な組み合わせでやってみましょう。 印画紙の号数(フィルターの号数)も自分にとっての標準のものを使います。 一般的には2号か3号でしょう。
印画紙は何枚か使ってしまいますので、勿体ないのでキャビネ程度の小さなサイズで結構です。あるいは、暗室内で小さく切ってしまいます。
実際のプリントのサイズはなんでも構いませんが、まぁテストに使うのですから小さくても8×10インチ、大きくても11×14インチくらいでしょうか。

手順
普通にプリント出来るネガをセットし、イーゼルの羽根や位置を合わせて、ピントを合わせ、レンズの絞りも普段通りにします。 多階調印画紙を使うならフィルターもちゃんとセットします。
ここで普通のネガを使ったのは、引き伸ばし倍率やピントを合わせるためです。 素ヌケのネガではピント合わせもままなりませんからね。

    ここでいったんネガをネガキャリアから外し、素ヌケのネガをセットします。 そして、テスト用の印画紙をイーゼルにセットして、素ヌケのネガを通した無地の投影光で段階露光します。
    段階露光のやり方は様々ですが、回転式のストライプテスターなら同心円の、遮光紙(遮光板)をズラしていく方法なら縦ストライプですが、印画紙上に露光時間の変化によって縞々の模様が出来るようにするわけです(参考ページ)。
    例えば、12秒、14秒、17秒、20秒、24秒、28秒・・・といった具合です。
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それなりのグレーからはじまって、最後は真っ黒になるように段階露光していきますと、どこかでそれ以上濃くならないところが出てくるはずですよね。
つまり印画紙の最大濃度に達する露光時間というのが、いつかかならずやって来ます。 例えば、14秒と17秒では明確に違い、17秒と20秒ではかすかに違いが分かるだけ。 20秒と24秒では見分けが付かない、という状態です。
もしそうなら、いま例に挙げた間隔での精度では、20秒が最短時間最大濃度、のように思えます。

が、大抵はもうすこし行けちゃうはずです。 濃い黒と、それよりちょっと濃い黒の見分けというのは、非常につきにくいものですから、隣り合う20秒と24秒の見分けが付きにくいだけかも知れません。
その事を念頭に置きながら、最大の濃度に達する最短の露光時間というのを、少しだけシビアに追求してみましょう。 20秒と24秒の見分けが付かなくても、案外20秒と28秒の見分けは付いたりします。 印画紙の最大黒はかなり黒い、と思って良いです。

    ボクのやり方は、まずやや大雑把な段階露光で大まかに露光時間を求め、それから境目付近の露光時間を細かい刻みでテストしていきます。 先ほどの例のように20秒くらいというのが分かったら、次は20秒の前後だけを細かく段階露光します。
    例えば、17秒、18秒、19秒、20秒、21秒、22秒、といった感じでしょうか。
    次に、遮光性のある板などで印画紙の半分を覆い、部屋の灯りを数秒間点灯します。 引き伸ばし機で段階露光した部分と、室内の灯りで大量に露光した部分が隣り合うようにするわけです。
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    上の図がその様子を示した大げさなイメージで、印画紙全体を使って段階露光したあと、上半分を覆い、下半分だけに室内灯で大量に光を当てている様子です。
    段階露光だけで見比べると、隣り合う20秒と21秒が同じ濃さの黒に見えてしまい、20秒が最大濃度を得られる最短時間と思えるのですが、目一杯露光した下半分と隣り合っていると20秒ではまだ最大濃度ではなく、21秒でようやく達する、というのが分かります。
    これだと、ちょっとキビシイかなと思えるくらいにシビアな露光時間が得られます。

どれくらい緻密にやるかは必要に応じて。
普段のプリントで調整する単位、1秒刻みだとか0.4秒刻みだとか人それぞれだと思いますが、常識的な精度での露光時間を求めて行きます。 むやみに緻密でも意味がないですし、あまり大雑把でもやはり意味がありません。全体の露光時間の5%くらいの刻みは最低限でもやりたいところでしょうか。20秒くらいの露光時間なら、1秒刻みという感じです。
ちなみに、仮に段階露光の際に2秒づつ10回露光した場合、本番で20秒を1回露光すると引伸機の光源ランプの立ち上がりや残照などで若干の違いが出てきますからご注意を。 なるべく露光の回数を減らすようにテスト露光を2段階にわけるとか、本番の時も○秒を○回といったように段階露光時と同じにするなど、条件が大きく違わないよう工夫が必要です。 先ほどのように17秒以降をテストするのであれば、17秒露光の後に1秒ずつ複数回足していく、というような方法で露光回数を減らせます。
最大濃度を得る最短時間を求めるのはなんだか面倒くさいように感じますが、馴れてしまえばどうということはない作業ですので、おっくうがらずにやってみましょう。
それに、同じフィルムを同じように現像してある場合、素ヌケの濃さはほぼ同じであるはずです。 非常に古いフィルムでカブリがあるとか、増感現像でカブリが増大しているなどでは例外になってしまいますが、通常の範囲では常識的な精度で同じはずですので、同じ印画紙(多階調なら同じフィルター)で同じサイズ(引き伸ばし倍率)、同じ印画紙現像をするなら、以後も同じ事になります。

最大濃度を得られる最短露光時間でプリントしてみる
さて、こうして得た露光時間を使って、自分の標準的なネガをプリントしてみます。
例えば18秒が、テストで使った印画紙と現像液の組み合わせで最大濃度を得られる最短時間だったとしたら、ネガキャリアの素ヌケのコマを普通のネガに入れ替えて、そのまま18秒で露光、現像・定着します。
テストが15秒+1秒+1秒+1秒だったのなら、厳密には同じ手順で露光しなくてはいけませんが、まぁ常識の範囲で厳密に。
もしそのネガが、的確なフィルム感度に基づいた適切な露光量で撮影され、その印画紙の号数(フィルター)に適切なコントラストとなる現像がされているベリーグッドなネガであったなら、ただもう、この露光時間を使うだけでプリントが出来上がるはずです。これが出来た時って、実に気分がいいものなのですよね。
ところが、そういうベリーグッドなネガはなかなか得られる物ではありません。

ストレートプリントから分かること
最短時間最大濃度法で得た露光時間でストレートプリントを作り、そのプリントをとおしてプリントに使ったネガを検証してみます。
まず、全体としてプリントが暗いか明るいかを見てみます。
印画紙への露光時間はプリントした写真の内容に関係なく、スヌケのネガで最大黒になるように決めてありますので、単純にネガ上の濃度が薄ければプリントは暗く、濃ければ逆に明るくなります。
プリント時の露光時間によってネガの都合に合わせる、という事をせずに、ネガなりの濃度を印画紙に投影しているわけですから当然です。

    暗いプリント
    プリントが暗い物になった場合、撮影時の露光不足かフィルム現像時の現像不足のどちらか、あるいはその両方が考えられます。
    プリントの中のシャドウ部分に着目して、シャドウが黒く潰れてしまっているという場合、それは露光不足です。 撮影時の露出が足らなかった事になります。
    モノクロ写真はほとんどの場合ネガフィルムを使いますから、撮影時の露出はシャドウ部分を重視して決めなくてはいけません。
    シャドウ部分のディテールはちゃんと出ているけれど、全体として暗いプリントの場合、中間調からハイライト側のネガ濃度が足りていませんから、これはフィルム現像不足です。
    シャドウが潰れ、ハイライトも暗い場合は、露光不足の上に現像不足です。
    明るいプリント
    全体として明るすぎるプリントになった場合、撮影時の露光過多か、フィルム現像時の現像過多のどちらか、あるいはその両方が考えられます。
    写真のシャドウ部分に着目して、シャドウですら明るすぎる場合は撮影時の露光過多です。 シャドウはしっかり黒く締まっているけれど、全体として明るすぎる場合はハイライト部分のネガ濃度が濃すぎますので、これは現像過多です。
    シャドウは潰れ、それでも中間調からハイライトにかけて明るすぎる場合、露光不足で現像過多、それも相当な現像過多でしょう。

基本的に、どこかが適正ではないネガは、「露光不足」「露光過多」「現像不足」「現像過多」の4つの要素と、どちらかは「適正」の組み合わせです。
組み合わせとしては以下のいずれかになります。

    露光不足-現像不足 ~ シャドウが潰れ気味で、軟調。ハイライトも暗い。どんより暗い。
    露光不足-現像適正 ~ シャドウが潰れ気味で、トーンは良好だがハイライトはやや暗い。
    露光不足-現像過多 ~ シャドウが潰れ気味だが全体に硬調な印象、ハイライトは明るい。
    露光適正-現像不足 ~ シャドウディテールは適切だが軟調。ハイライトは暗い。全体にどんより。
    露光適正-現像過多 ~ シャドウディテールは適切だがやや硬調で、ハイライトがトビ気味。
    露光過多-現像不足 ~ シャドウに締まりが無く、全体に軟調。ハイライトもだるい感じ。
    露光過多-現像適正 ~ シャドウに締まりが無く、軽い印象。ハイライトがやや明るすぎ。
    露光過多-現像過多 ~ シャドウからハイライトにかけて全体に明るすぎ、ハイライトは白トビ。

同じ事の繰り返しになりますが、「露光過多」の場合にはシャドウ部分が黒く締まらず、「露光不足」の場合にはシャドウ部分が黒くつぶれてディテールが出ません。
「現像不足」の場合にはハイライトが明るくならず、「現像過多」の場合にはハイライトが明るくなりすぎます。
このように、撮影時の露光量(露出)が適切かどうかはシャドウ側で、現像量(現像時間)が適正かどうかはハイライト側で判断します。
「シャドウのために露光し、ハイライトのために現像する」という言葉の通りです。

ところで、「露光不足」「露光過多」というのは、暗室内ではなく撮影時の問題です。 測光方法、あるいはフィルム感度(撮影感度)の設定を見直す必要があります。
撮影感度を設定するためのテスト方法はこの後ご説明しますが、そのテストによって得た撮影感度を使っても実写での露光量が適正にならない場合は、残念ながら撮影時の測光がしっかり出来ていない証拠です。
本来なら暗室技術以前に写真撮影の基本から勉強をはじめなくちゃなりませんが、ざっくり言って、常に露光不足が多い場合には撮影感度を下げ、露光過多が多い場合には撮影感度を上げればよいでしょう。
撮影時の測光について考え直してみるのであれば、いまやっているモノクロ写真はネガフィルムを使っているという事を念頭に置いてください。 ネガフィルムはシャドウ部分の濃度がネガ上で薄く、薄すぎるシャドウは現像やプリントでカバーできません。 シャドウを基準にして測光する、というのが鉄則です。

いっぽう、現像過多の場合には現像時間を短く、現像不足の場合には現像時間を長くすればよいので、わりと話は簡単です。 ただし、より厳密に現像時間を設定するにはさらなるテストが必要です。
>> 「標準現像を決めよう

さて、ここまで来ればお気づきの方も多いと思いますが、「最短時間最大濃度法」の肝は、特定の号数の印画紙(フィルター)において、

プリント時の調整を行わずに、ネガ上にある情報をそのまま投影する

事にあります。
印画紙への露光時間を決めるにあたって、ネガ上の画像に一切左右させない、というのがポイントです。
逆にいうと、印画紙上の画像は、ネガ上の画像にだけ、影響されるわけです。

テストに使う素ヌケ状態のネガは、未露光で現像だけしたものであり、印画紙に与える露光時間はそれを真っ黒にプリントするためのもっとも短い時間ですから、撮影と現像によってネガに加えられた画像は、真っ黒より薄い黒やグレーとしてプリントに表れます。
そしてその濃さは、その画像自体を基準にしてプリントされるわけではなく、

ネガ上において、絶対値である素ヌケより、どれだけ濃いか

だけが全てです。
基準になっているのは、ネガ上の中間調やハイライトの濃さでもなければ、プリントしているあなたの作画意図でもなく、あなたの主観である濃度感覚や階調感覚でもありません。

その独立性のおかげで「最短時間最大濃度法」は、フィルムへの露光量や、フィルムの現像量など、さまざまなテストに用いることが出来るわけです。
例えば、フィルム感度を特定する、標準現像を決める。例えば増感現像の妥当性を求める。例えば、ゾーンシステムの基本データを得る。など。
しかし、この「最短時間最大濃度法」そのものの目的、あるいはゴールと言ってもよいですが、それは綺麗なプリントを得ることでも、最大限の階調表現でもありません。
あくまでも、

素ヌケのネガから印画紙上で最大の濃度を得られる、最短の露光時間を求める

それだけにつきます。

追記
冒頭で触れた「頂いた反響」というものには、「役に立った」「黒というものの考え方が変わった」といったポジティブなものだけなく、「絵空事で実戦には役に立たない」「自分には合わない」「必要性を感じない」といった、ネガティブなものも少なくありませんでした。それらネガティブな見解には、ボクの何倍もの経験を積んだベテランや、職業的なプリント技術者から寄せられたものもありました。
最初、なぜこんな基本が分からないんだろうと思っていたボクも、だんだんと彼らの意見には頷けるところがあると分かってきました。
そもそも、ボクがこの「最短時間最大濃度法」の項で意図するところは、実践的なテクニックの紹介ではありません。あくまでも、ボクがこの項から読み取っていただきたいのは、撮影・フィルム現像・引き伸ばしプリントと続く一連の流れにある原理原則の大切さ、です。
旧稿では、最短時間最大濃度法で得られる露光時間によってフルトーナルレンジを得られる理想的なネガというものを仮定しました。もちろん、それを仮定して、それに向けて修正するための検証方法としての最短時間最大濃度法であることに変わりはありませんが、現実には、そうした理想的なネガは完成度の高いゾーンシステムの中でしか安定的には得られないわけであり、それがある種の否定的な反響の元にあるのだろうと想像します。
もちろん、あるケースでは、実践的なテクニックのひとつとして取り上げられることがあるかもしれません。例えばフィルム濃度計を使わずにゾーンシステム的なテストを行う場合などです。これは正しく実践的であって、ボク自身も実行していますし、推奨もします。
しかしながら残念なことに、推奨できない実践的応用例もあります。
最初にこの項を書いてしばらくしてから、小山貴和夫という写真家がBtoBプリント法というものを紹介しているのを知りました。彼が「BtoBプリント法」と呼ぶ「テストプリント手法」の基本は、ボクの言葉でいう「最短時間最大濃度法」の「仕組み」と同じです。その写真家は複数の写真学校のようなもので講師の肩書きがあり、彼の教え子らしき人もまたプリントのワークショップを開いているようなので、いわゆる「先生」と呼ばれる立場の方だろうと思います。その師弟どちらもお名前をときどき見聞きします。しかし、その先生のBtoBプリント法は、基本は正しいですが、応用で決定的に間違えています。
先述の、絵空事で実戦には役に立たないといった類の反響には、それと同種の無理解を感じています。すなわち、「基本の仕組み」と「現実への応用」とを混同しているのです。
「仕組み」というのはあくまでも、確固たる前提条件を満たした上で成り立つ「基本」の原理原則であって、その前提が成り立たない中で「プリント手法」という応用に持ち込んではなりません。そこには必ず矛盾が生まれ、その矛盾を隠す誤魔化しや嘘が介入します。実際、小山氏のHPにあるBtoBプリント法の説明には、明らかな間違いや詭弁、矛盾が散見されます。
もちろん、彼らはそれが商売ですから、難しいことは言わず、とりあえず初心者がそれなりのプリントを作れればそれでよいでしょう。彼らの客の大部分は、それなりに画が出れば満足するのかもしれません。あるいは、ご自身らがどのように応用しようがボクには関係のないことです。しかし、それをもって人を指導しようというのなら、それが許されることとは思えません。
写真趣味家であるボクが、この項を読んでいるあなたに求めるのは、そうした初心者レベルの「それなりに画が出ればヨシ」「写真教室の時間内でプリントが出来ればヨシ」ではありません。
旧稿でボクは、
『ゾーンシステムの生みの親のひとりであるアンセル・アダムスも、著書「ザ・プリント」において、露光時間の決め方はなるべくハイライトからシャドウまでを含む部分を段階露光して、と解説しています。 しかし、ゾーンシステムによって適正に露光・現像されたネガであれば理屈上、露光時間はゾーン0濃度で決められるはずです。 アダムスの「ザ・プリント」がゾーンシステム解説の「ザ・ネガティブ」と切り離して書かれているとボクは考えていますが、・・・』
と書いたのですが、それはつまり、基本の仕組みであるゾーンシステム的撮影・現像と、応用であるプリントを切り分けた事もまた、アダムスの有名な「ネガは楽譜、プリントはそれを演奏するようなもの」に象徴される、創造としてのモノクロ写真プリントを想起させると同時に、アダムス自身がゾーンシステムの限界をも示している、という考察からでした。
件の先生とボクの見解の違いはここにあるだろうと想像しますが、いずれにせよ、ボクは最短時間最大濃度法を推奨すると同時に、これはあくまでも基本の仕組みであって、応用に向いたプリント法の類ではないことも明記し、改稿にあたってはそこに重点を置きました。
ボクがもし、誰でも簡単に「それなりの」プリントを作れる方法を短時間で指導するなら、BtoBプリント法のような矛盾に満ちた方法ではなく、迷わずスプリットグレードを選びます。
最短時間最大濃度法は、「目先のネガからの目先のプリント」ではなく、ずっとその先にあるプリントを目指す趣味家のみなさんに向けて、紹介させていただきます。
ボクはボクなりに、読者を選ばせていただくつもりです。