相反則不軌と補正量

相反則不軌
フィルムに光が当たると、フィルムに塗られている感光材料の中のハロゲン化銀が化学変化を起こすわけです。
光の当たる量が多ければ化学変化を起こす量も多いですから、被写体の明るい所と暗い所がネガフィルム上の濃い所薄い所という風に出来上がって、映像が写しとられるわけです。
長い時間(シャッター速度が遅い)フィルムに光を当てれば、それだけ化学反応が進むから、それを現像したネガフィルム上では濃くなります。

原則として倍の光を当てると化学反応も倍、半分だと半分、という具合に、フィルムに当てた光とフィルムの化学変化の間には相反則というものがあります。
ところが、フィルムに光を当てている時間が極端に短い場合、シャッター速度が1万分の1秒より短いとかそういう場合ですけれども、この相反則が通用しなくなります。
逆に、フィルムに光を当てている時間が極端に長い場合、正しくは、フィルムに当たる光が極端に弱い場合ですが、この場合にも相反則が通用しなくなります。
こういう困った現象を「相反則不軌」といいます。

もっとも、1万分の1秒とかの速いシャッターを持っているカメラはごくごく少ないので、「フィルムに光を当てている時間が極端に短い場合」、というのはあまり気にしなくて大丈夫なのですが、長時間露光というのは大抵のカメラで出来るわけですので、ちゃんと考慮しなくちゃなりません。
どのくらい露光時間が長いと「相反則不軌」の心配をしなくちゃならないか、というのは、フィルムによって違うのですけれど、シャッター速度が1秒より遅い、つまり露光時間が1秒より長い場合には、たいていのフィルムが露光時間の補正を必要とするって考えておきましょう。

なんで「相反則不軌」が起こるのかは、電子トラップがどうの潜像核の形成がどうのといった専門用語がバシバシ出てくる分野なのでココでは触れませんが、ようするに、露光時間が極端に短いと化学反応が十分進む前に光が当たらなくなっちゃうからダメってこと。
逆に、露光時間が極端に長い場合というのは、言い換えれば光が弱いので、例えば10の光が当たっても10の化学反応起こる前に弱々しい5は無駄に消えちゃって、次の10が届かないと合計で10にならないとか、そういう都合だと思っておいてください。
能書きはともかく、1秒を超える長時間露光では、短い露光時間(○○分の1秒とか)の場合とはハナシが違うよっていう事ですね。

そんなの知らなくても困らないって?
そうかなぁ。風景写真で、微粒子の中庸感度フィルムで被写界深度を稼ぐために絞り込んでフィルター1枚咬ましたら、シャッター速度1秒とか2秒なんて、日中でも当たり前にありますよね。 夕方にでもなったらもっと長い露光もあるでしょ?
それに、夜景など撮ろうと思ったら、かなり長い露光時間になるはずです。

後述しますが、基本的に、相反則不軌に対しては露光時間をさらに長くして埋め合わせる(補正する)、というスタンスがとられています。
その一方で、富士写真フィルムの「ネオパン100アクロス」のように、120秒まで相反則不軌の影響を受けないと公称しているフィルムも存在しますので、低照度での長時間露光には活用してもよいと思います。
アクロスはISO100の中庸感度フィルムですが、実感度はやや低めで、ゾーンシステム的な標準現像を微粒子現像液で得ようとすると撮影感度が50を下回る事も珍しくありません。 しかし、ISO400などの高感度フィルムを撮影感度200として使うのに比べ、ある程度以上露光時間が長くなる低照度な状況だと、実質的な感度がアクロスの方が高くなってしまうと言う現象が起きます。
例えば、撮影感度を50としたアクロスで1分の露光時間が必要だった場合、撮影感度200とした高感度フィルムでも、やはり同じ1分程度の露光時間が求められます。
その場合、アクロスを選択する理由には粒状性などに優れた中庸感度フィルムであるというのもありますが、そもそも相反則不軌の影響を受けにくいというのは強力なポイントなのです。

相反則不軌というのは低照度であるが為に起こる現象ですので、とあるシーンの中でもシャドウに相当する暗い部分は、ハイライトの明るい部分より余計に相反則不軌が発生しています。
つまり、単に露光時間を長くするのは全体としての露光量の帳尻を合わせることにはなりますが、その被写体についてはシャドウがより少なく、ハイライトでは多く感光していることになり、すなわちコントラストが高くなります。
一般に、照度が低く露光時間が長くなる夜景などでは、もともと人工光源などでコントラストが高いため、この現象は好ましい物ではありません。
単純に、露光時間を延ばすという補正方法では、相反則不軌を全て克服することにはならないのですね。
そうした影響をもっとも受けにくいフィルムとして、ネオパン100アクロスは高く評価されて然るべきだと思いますし、実際にこの点をもってアクロスを選択している海外ユーザーなども多いようです。

補正量
いずれにしても、他に出来ることはあまりないので、必要なら補正しないとなりません。
これは本来、フィルムによってまちまちでメーカーはしっかりデータを持ってるハズなんですよね。 ところがデータシートを見ても結構大雑把。 富士写真フィルム「ネオパン400プレスト」のデータシートには、次のようにしか書かれていません。

    シャッター速度が1/2秒より短い場合は補正の必要はありませんが、1秒以上の場合は以下の補正をしてください。
    1秒 - 1/2絞り開く
    10秒 - 1絞り開く
    100秒 - 2絞り開く

ぱっと見ただけで、これはずいぶん大雑把だなぁと思えるでしょう? そこで、念のため段階露光しておくのがたいていの場合は有効です。

ところで、1絞り開く、という表現には注意が必要です。
通常の露光時間帯の場合、「1絞り開く」は1EVのプラス補正に等しいのですが、相反則不軌の補正の場合、「1絞り開く」と「露光時間を倍にする」とでは意味が違うのです。
言うまでもなく、倍にした露光時間に対してさらに相反則不軌が起こりますので、単純に1絞りイコール露光時間2倍ではありません。
では言われたとおり1絞り開けばいいかというと、それが出来るならハナから苦労しないわけです。
そもそもレンズの明るさの限界があって露光時間が長くなったり、被写界深度などの都合があって絞り込んでるわけですからね。開けたくても開けられない。
大雑把な指標だから念のため段階露光という手もありますが、あんまり長い露光時間で段階露光するのは大変だし、そもそも被写体(シーン)がずっと同じとは限らないしねぇ。
イルフォードはもうちょっとましな資料をデータシートに載せてます。 左のグラフがそうなんですが、横軸が測光から得られた露光時間。 縦軸がそれにたいする実際に求められる露光時間。 露光時間が長くなればなるほど補正量がどんどん多く必要になっていくのがわかりますね。
このグラフに定規でも当てて読みとればいいんですが、いくらなんでもこのグラフは大雑把。読めませんね。 一応、ボクもこのグラフをアテにしてやったりしているんですが、先日 Photo.net でいいアイデアを見つけました。
このグラフを数字に置き換える計算式。 それで作ったのが下の表です。
ちなみにイルフォードのどのフィルムのデータシートにも同じグラフが使われているように思えるのですが、どうやら、少々大雑把、という事はあるにせよ、たいていのフィルムは同じような補正量で実用になるようです。

イルフォード社の相反則不軌補正表を大雑把に変換したもの
eccfe0503fd2d143e2ca020d5e9aacd5

どうでしょう、役に立ちそうじゃありませんか?
もっとも、これが全てのフィルムに通用するかどうかは不明です。すくなくともアクロスには通用しませんしね。
他にも長時間露光の補正量計算式を見たことがあるのですが、どうも信用ならない感じ。 個々のフィルムについては確かなデータが存在してしかるべきですが、現実問題としてあらゆるフィルムに適応できる汎用的な補正計算は無いんじゃないかと思います。
それに、露光時間を長くして露光不足分を補ったとしても、先に述べたように相反則不軌によってコントラストも上昇してしまいますので、それを補うために現像時間を短くするなどの調整も必要になってきます。

露光時間を延長して、現像時間は短くする。
ある程度は自分でテストして実践的なデータを積み重ねるしかなさそうですね。