近所のカメラ屋さん

もう何年も前の話です。ひっぱりだして再掲。

先日、大田区産業なんとかプラザと言う所へ出かけた。ハローワークの合同面接会。遊んでばかりのボクはいよいよリストラ・・・じゃないけどね。
出かけたと言っても近くなので、自転車である。
スーツ着て自転車ってのはあんまりボクはない。スーツ着ることがないからだ。ここ1年では、職安に行くときしかスーツ着てない気がする。
いつもは愛車ギャランVR-4タイプSでビュビュンと走り抜ける道を、勝手に借りた上司のママチャリでカコカコ走っていたら、住宅街の細い道路の道ばたに、小さな小さなカメラ屋があるのに気が付いた。

間口1間のアルミサッシで、中は薄暗く外から様子をうかがい知れない。
通りに面したショーケースなどはないので、ガラスに古いカメラのポスターやチラシが貼ってなかったらカメラ店だとは見えない。
頻繁に通る道なのにこれまで気が付かなかったところをみると、夕方には店を閉めてしまうのだろう。ボクは日中は会社から外に出ることがないから。

見た目では老舗の匂いはまったくせず、カタカナの店名が下手クソ(失礼)な字体の手作り看板にあった。
この看板は何度も見ていたし、店名も記憶にあった。何の店かを知らなかっただけだ。
自転車を停め、近づいてのぞき込むと、狭い店内に安上がりに作りつけられたような棚にカメラがビッシリ並んでいる。所沢のオナイ写真機店さんみたいな雑然さはないが、この凝縮感はボク好みの中古カメラ店に違いない。

扉を開け、中に入る。
チリンチリンと呼び鈴が鳴って、住居と思われる奥の部屋からお婆さんが出てきた。

店内は、ひとことで言って狭い。自宅の6畳間を店にした感じだ。そこに棚やカウンターがあるから、客が2人もはいると身動きとれまい。
ショーケースを兼ねるカウンターの向こうでお婆さんが電気のスイッチを(間違えながら)入れると、ようやくちょっと店らしくなる。

照明をただしく点けると、「何をお探しですか」と声を掛けてくる。
どうやら客がのんびり棚を見て、という店ではなく、店主のお婆さんとあれこれ話しながら時間を過ごす場所らしい。

「この辺がキヤノン、このへんがオリンパス。珍しい古いカメラです」と店主。
「全部整備してあります」と付け加える。

なるほど。 実はかるく見渡して価格が高いなとは思ったのだ。ボクも案外中古カメラは見ているので、相場というのはある程度知っている。

「キャノン(キヤノンではなく)」とか「ニコン」とか、これまたヘタくそな字で紙片に書いた札がセロテープで貼ってある組み立て式の合板家具の棚には、ビッシリとカメラが並ぶ。
店は狭いが商品点数はすごい。 スプリングカメラから初期のEOSまで、ペトリからウィスタ4x5まである。

カウンターの上にはNewF-1が置いてあり、「これはキヤノン、あたらしいfdレンズを使うタイプです。こっちの古いのはスクリューのタイプ」とお婆さんが説明してくれる。

「ボクが使っているのもこれです、このタイプ」
「ニューF-1ですね、こっちの方が使いやすいです」と店主。
「あとはA-1とか人気があります、キヤノンでは」と続ける。
「ボクは父がキヤノンだったのでいまでもキヤノンなんです」とショーケースの中のバルナックコピーを指さしてボク。

「それは古いです、2Bかな、このへんのモノは古くてよく分からない。引っ込む形のレンズが付いてます(レンズがセレナー50ミリ3.5で標準装備のままなら本体はS2型と思われる)」などといいながら、古いキヤノンカメラの資料を取りだして開いたりする。

「古いのでもう部品がないから直せないんです。直すどころか中を開けない方がいいらしいです」
「ボクが父から貰った2S改もスローシャッターがダメなんですよ、直せませんか」
「オーバーホールを頼まれるんですが、もうダメです。部品もないですし、そうっと使った方がいいです。使うならPとかLとかの方が使い易いです」
そう言いながら、お婆さんはキヤノンL3を手渡してくれた。

「はじめて寄ってみたんです。よく前を通るのに気が付かなくて」と言うボクに、「分かり難いんです。ここ移ってきたんですが、前の場所に行ってからどこに行ったんだろうと探してくる方もおられます」という店主。

どうやらこの店舗はわりと最近オープンしたもので、店の営業自体は古いらしい。少なくとも、店主と思われるこのお婆さんはそうとう古い(失礼)。

ご主人と店をやられていて、あるいは店主が他界されたので自宅兼店舗としてこんな住宅街に移ってきたのかな、などと勝手な想像もしてしまう。
しかし「カメラ高価買い取り致します」と書いた紙も貼ってあるから、残ったモノを売って終わりにするつもりではないようだ。 ちゃんと営業している店なのである。

宣伝や販促と言ったこととは無縁の店であることも想像が付くが、右手の棚には「1万円均一コーナー」「2万円均一コーナー」「絶対お得です!」などと書かれていたりして、なんだか微笑ましいのだ。

「若い人には小さいのが人気あります。オリンパスとかキヤノンとか、どれも珍しいのです」

ハーフが並ぶ棚の一角を見ていたボクにお婆さんは熱心に売り込む。
ボクは普段、商品棚を見ているときに店員に声を掛けられるのが嫌いだが、この店ではそういう贅沢は許されないようだし、このお婆さんは好きだ。お婆さんの方は話しかけるのが好きらしい。

「ほんと珍しいですね」。キヤノンデミを手に取りながらボク。
ほんとに珍しいカラーデミもあるし、ダイヤル35という希少機種もある。

「デミはいいです、簡単に撮れます。押すだけです。若い人に人気があります」

妙に若い人に人気があると繰り返すのがなんかいい。若い人が買いにくる店とも立地とも思えないんだが・・・。

カラーデミを手に取ると、「ストラップが付いてますでしょ、そのストラップがもうないんです。珍しいです。ほらこうやって持つようになってるんです」と実演してくれる。

「洒落てますでしょ。ポケットにも入るし、若い人が持ってるのにはいいです」

「珍しいです」「人気があります」「簡単に撮れます」・・・微妙なセリフの組み合わせである。
コレクションアイテムとしてのクラシックカメラ、実用品としてのカメラ。
「珍しい」と「使いやすい持ち歩きやすい」が入り交じって、時代も入り交じったカメラ店とその店主。
何台かあるデミの一つには、正札に「デミ2」と書かれていた。
実はキヤノンデミには「デミ2」という正式名称を持った機種はない。初期型デミの外装をアルミ合金としたものを「デミ2」と称しているだけのはずである。
そんな細かいことはさておいて、「押すだけで簡単に撮れます」というこのお婆さんが、キヤノンデミが人気を博していた当時もごく普通にカメラ店をやっていたことだけは間違いない。

ただ覗いてみるだけのつもりだったが、この店主も店も気に入ったので、ひとつ買い求めてみることにした。
最初に手に取ったデミ(デミ2)をカウンターに置き、これをもらいますと告げる。

「フィルターが付いてたんじゃなかったかな、このサイズのフィルターがもうないんです。それだけでも珍しいですし値段も高いんです。ついていたからそのままにしてますけど」

たしかにボクが手に取ったデミにはUVフィルターが付いていた。
同じ棚にあったカラーデミと違って専用のストラップは付いてなかったが、まだいくつかあったはず、と店主は足元の箱を探して見つけだしてきた。
「このストラップが珍しいです、もうないんです」とやはり言いながら。
ついでに布製のソフトケースもピッタリのサイズを探し出してくれた。
これに入れておけば持ち帰るときに傷がつかないから、と。

もちろん消費税はつかない規模の店だから、正札に書かれていた1万5千円と引き替えに、ボクはお婆さんから綺麗な状態のキヤノンデミ - (珍しい)UVフィルターと(貴重な)専用ストラップがついて、ソフトケースに収まったもの - を受け取った。

「また遊びに来ます」
ボクはそう言って店を出た。
店主は店先(といっても1メートルくらいだが)まで見送ってくれながら、「フィルターがついててよかったですね、珍しいですから」と繰り返した。

また遊びに来よう、珍しいものを見に。ボクはそう思った。